『その妖精は、飛ぶことができなかった』
アリエッタは、ページをぱらぱらと捲っていた手を止めた。それほど真面目に読んで
いたわけではなかったが、その短編小説の挿し絵になっていた小さくてかわいい妖精の
絵と合わせて、なにかが彼女の気を引いた。
その妖精は淡く光る小さな羽をもっていて、それまで読んできたどの妖精とも似てい
なかった。アリエッタはページをさかのぼり、他の短編に収められた妖精の挿し絵を確
かめた。そして、それがこのお話の根幹にあるテーマなのだとすぐに気がついた。
「……どんな妖精なんだろう?」
アリエッタは、一人そう呟き、次の文を読み始めた。妖精の話を集めた短編集の中頃、
彼女の中で妖精という存在が固まりつつあったとき、その短編が紛れ込んできた。
人には見えない世界。感じることのできない世界。今よりももっと昔、魔力で世界が
満たされていた頃、確かに妖精は存在していたのだった。数は少ないが、時折彼等を見
ることのできた人間が、それに名前を与え、その存在を世界に定着させた。
他の小説では、おおむねそんな風にして話が進んでいた。
しかしその短編は、妖精達だけの暮らす世界の、一人の妖精『ファータ』のことをた
だひたすらに綴る物語だった。
アリエッタは一端本を閉じ、パンの焼ける香ばしい匂いのするオーブンへと近づいた。
そしてまだ焼き上がるまでには時間がありそうだ、と考え、時計を確認する。
「あと、三十分くらいかな」
彼女の待つ人達、クリスとトルティニタの練習が終わるのも、ちょうどその頃だろう。
それに合わせて焼き始めたのだから、当然だった。すぐに焼き上がったパンを持ってい
けるようにカゴだけ用意し、アリエッタは再びオーブンの前に置いた椅子に腰を降ろす。
そして、さきほどのページをほどなくして見つけ、もう一度その挿し絵の妖精を見つめた。
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